船に乗った経験は有ったが 此処迄酷い揺れを体験した事は無かった。 少しでも気を許すと 容赦無く体を壁迄吹っ飛ばされる。 背中や腕は既に青痣だらけ。 狭いベッドで寝返りを打つ度に痛みが蘇り 熟睡する事もままならない。 南極観測船宗谷での生活は まさにそんな状況の連続だった。 出向してまだ日の浅い宗谷では 南極大陸上陸など夢のまた夢。 俺はまだ二人部屋で助かったが 四人部屋に割り当てられた乗組員は (船に慣れている海上保安官は別だが) かなり船酔いに参っている様だった。 向かい酒で船酔いに対抗しようとする 兵(つわもの)も居たが… 結果は言うに及ばず、である。 俺は例に因って犬舎へ向かう。 すると其処には既に犬塚が居り 積極的に世話をしている最中だった。 犬係を志願し、採用されたは良いが 実際に犬と触れ合ったのは今回が初めてとの事。 嘘がばれてしまえば採用取り消しも有り得る為 コイツは必死で『犬に慣れてます』と 売り込んでいるのだ。 まぁ、宗谷に乗り込んでしまえば 嫌でも南極に向かう事となるので 日本への強制送還もあるまい。 犬塚が南極大陸行きを志願した理由は 犬の世話をしたいからではない。 だが、現地に向かった際 最年少である犬塚の意見は 何処まで採用されるのか。 考えれば考える程、気が滅入ってくる。 気分転換に散歩にも出向こうか。 「リキ、来い」 首輪にリードを繋ぐと リキは嬉しそうに籠から飛び出してくる。 もう一匹、一緒に連れ出すとしよう。 周囲を見回していると、不意にシロと目が合った。 散歩に行きたそうに、此方を見ている。 シロは表情が豊かだから、 何が言いたいのか良く理解出来る。 実に利口で、手の掛からない優秀な犬だ。 「よし、じゃあシロ。お前も来い!」 大きく、短く吠えてシロが飛び出してくる。 リキも嬉しそうにシロに擦り寄っている。 「犬塚。俺は散歩に行ってくるから」 「あ、はい。解りました!」 「タロとジロが汚れてるから 体を洗ってやってくれ。 あぁ、逃がすなよ?」 「は、はい。気を付けます!」 「じゃあ、頼んだ」 リキとシロのリードを軽く引き、促す。 二匹共俺の後ろにピッタリと寄り添い 嬉しそうに歩を進める。 船の中の生活は犬にとっても窮屈だ。 だからこそ、こいつ等に不憫な思いはさせたくない。 俺に出来る事。 俺達【人間】がこいつ等【犬】に出来る事。 |
![]() ![]() SITE UP・2012.2.26 ©Space Matrix ![]() |