深い深い森の中。
与えられる温もりだけが全ての世界。
「私は…其方さえ居れば、それだけで……」
風で消される愛しい声。
唇の動きだけで発された言葉の意味を知る。
「私も…同じじゃよ……」
唯、そうとしか伝えられなかった。
この後の悲劇を先に知っていれば、
少しは事態を変えられただろうか。
自分の本当の気持ちを言の葉に乗せて
伝える事が出来たのだろうか。
* * * * * *
頬に流れる涙の感触で目を覚ます。
視線をそっと横に送ると、
朔耶はまだ眠っている様だった。
熟睡を邪魔しないようにと
十六夜はそっとベッドから抜け出し、窓の外を見やる。
藍色に染まった夜の空を照らす三日月。
暫くは黙って月を眺めていたが
何者かの視線を感じて、
十六夜はゆっくりと振り返った。
「…【村雨】」
意識体の【村雨】だった。
腕を組み、渋い顔で十六夜を見つめている。
「まだ何か有るのか?」
『有る』
「…諄い」
『そう言われても、俺だって引っ込みが付かねぇもんな。
契約者の為にも、知る必要が有る内容だと思ってるし』
「知る必要等無い」
『それを判断するのはお前じゃねぇ。俺だ』
「…っ」
『【虎徹】の奴から聞き出そうとしても巧くいかねぇ。
彼奴、何かの術でも掛かってるのか?
【妖刀】同士で意思疎通も出来ないなんて異常だぜ』
「……」
『都合の悪い事は全てダンマリかよ』
「…此処では、話せぬ」
十六夜の視線は【村雨】から朔耶に移っている。
朔耶には聞かれたくない。そう云う事なのだろう。
『じゃあ外で話そうぜ。
あぁ、お前はちゃんと浴衣を羽織りな。
褌一丁のその姿じゃ裸同然だから』
「…言われなくとも」
椅子に掛けてあった浴衣を取り、素早く羽織ると
十六夜は【村雨】の後について
静かに部屋を出て行った。
* * * * * *
久々に愛用の羅経盤(らけいばん)を取り出し、
庭に出て吉凶を読み取った。
この様に月の明かりが強い夜は気が高揚するのか
普段では感じ取れない異変も手に取る様に判る。
「気の流れが激しさを増している…」
月夜を浴びる羅経盤を優しく撫でながら
乾月は眉間に皺を寄せて呟いた。
「こんな夜は…嫌な感じだな。
あの日を思い出して眠れやしない」
あの日。
十数年前、突然 姿を消してしまった十六夜。
何も残さず、何も告げず。
風の様にその姿を消し去ってしまった。
散々探し回っても、
遂にその姿を捉える事すら出来なかった。
「もう、あんな思いはしたくないもんだ」
心に移りゆく様々な思いを乗せて乾月はそう独り言ちた。 |