転 機

十六夜を家に迎え、
家族同然の暮らしを送る様になって早半年。
最初は表情も重く、口も堅かった彼が
近頃は別人の様に穏やかな笑みを浮かべ、
常に自分の隣に居る。
当たり前となりつつあるこの状況に、
朔耶はもう少しだけ高望みを抱いていた。

切っ掛けは、寿星の一言。

「兄ぃ。最近は遊ばないッスね」

そう言われればそうだった。
最近はソッチ方面がトンとご無沙汰である。

『んな事言ってもなぁ…。
 女は食い飽きたし、他の男で遊ぶ気も湧かん』

嘗ての自分とは全く違う。
こんな執着心は持った事等無かった。
生命を懸けて愛するのならば
この世界でたった一人居れば充分だと。

『俺にとってそれが…十六夜だっただけだ』

だからこそ今迄はこの関係を大切にしてきた。
しかし、それだけではやはり何かが足りないのだ。
日々、加速していくこの想いの強さ。心の渇き。
それを満たせるのは、何であるのかも解っている。

『問題は…だ。
 それに十六夜が答えてくれるかどうか。
 本当にそれだけなんだよな』

自分らしくない悩みに苦笑を漏らしつつ
表家業の相棒である愛機のカメラに手を伸ばす。
ここ最近は少し手入れを怠っていた。
今日辺りで念入りに調整を行おうかと
机に置いていたのだ。

「そうだ」

朔耶はカメラに微笑みかけながら言葉を紡ぐ。

「今度。十六夜を撮影に誘ってやろう」

* * * * * *

『何を考えてる?』

背後の声に対し、十六夜は無言のままだった。
背中を向けたまま、何も語ろうとはしない。

『まぁ…お前さんの考えている事位は『読める』がな』
「ならば聞くな、【村雨】」
『これまた随分な返答だな。素っ気無い』

腕を組み、十六夜は相変わらず
窓の外の風景を見つめたままだ。
だがその表情は非常に重く、
何処か痛みすら感じる程。

『それ程迄に【怖い】のか? 愛に溺れる事が』
「……」
『解らんねぇ〜。
 お前さん程の男が何をそんなに脅える?』
「黙れ」
『朔耶を認めてるんだろう? なら、良いじゃねぇか。
 彼奴の想いに答えてやっても』
「彼の者は…【違う】かも知れぬ」
『何が違うって?』
「……」
『肝心な事をはぐらかしてちゃ意味が無いでしょうが。
 矛盾してるんじゃないの、十六夜さんよ。
 アンタ、仲間を『信じてる』って口にするけどさ
 実際は何も『真実を語ってない』じゃない』
「…巻き込みたくないだけじゃ」
『だから、何からよ?』
「……」
『一人で戦っていけるのにも限界があるでしょうが。
 千年以上生きててさ、そんな事も気付かないのかね?』
「生きたくて生きていた訳じゃない…。
 叶うのならば、あの時に……」
『そんなに恋い焦がれる相手なのかね。
 心の奥底に眠る【彼】ってのは』

十六夜の口からは深い溜息が漏れている。
意識体と成り、人の姿をとった【村雨】は
背中を向けたままの十六夜にそれでも声を掛けた。

『でも、惚れちまったんだろ? 朔耶の奴を。
 それに対してはどう思ってる訳?
 彼奴、本気(マジ)だよ?』
「…解っておる」

それだけを呟き、十六夜は再度黙り込んでしまった。

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SITE UP・2014.08.20 ©森本 樹



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