悩 み

ヤスを喪ったあの事件から1ヶ月経った。
寿星と十六夜の間に生じた歪は多少形を残したままである。

アレから数件の依頼を受けたが
何れも十六夜が現場を訪れる事は無かった。
【影喰】の能力が朔耶達3人を軽く凌駕していたからこそ
十六夜はその才覚の一片を発揮したのだろう。

『本人の望みとは真逆ながら…か』

月夜には屋根に上り、座禅を組んで瞑想する。
そんな十六夜の習慣にも慣れつつあった。
多くを語ろうとはしない彼の秘められたモノに
強く惹かれているのを感じながらも
朔耶はそれ以上踏み込めない自分の臆病さを感じていた。

『怖いんだよな…。
 このまま、簡単に彼奴が俺達の元から去って行きそうで…』

乾月との約束も有るがそれ以上に、
朔耶は十六夜を守りたいと強く願っていた。
今は到底及ばない能力差を
それでも何とか埋めたいと足掻いた。

「兄ぃ、今月は結構依頼 受けましたね。大丈夫ッスか、体?」
「鍛え方が違うからな。俺は平気だが、お前は?」
「そろそろ悲鳴上げそうッス」
「まぁ、無理もねぇか。1ヶ月に5件以上は確かにオーバーワークだ」
「兄ぃ…」
「今迄は精々1〜2件だった訳だし。済まねぇな、寿星」
「兄ぃは、強くなりたいんスね」
「まぁ、な」
「十六夜の為に、ですか?」
「…自分の為に、だな」
「そうッスか…」

誰かの為に等とは烏滸がましい。其処迄の覚悟も、又 技量も無い。
それを自覚しているからこそ、焦りも有る。
『自分らしくない』と思いながらも。

「寿星」
「はいな」
「強さって…」
「はい?」
「何だろうな…」
「兄ぃ…」
「済まん、独り言だ」
「……」

拳に力を籠める。
どうすれば届くと云うのだろうか。あの男の立つ場所に。

「遠い、背中だな…」
「…兄ぃ」

夕暮れの街並みを見つめながら
朔耶はあの時の十六夜の後ろ姿を思い出していた。

* * * * * *

乾月が蓮杖神社を訪れたのは昼過ぎだった。
境内を掃除する朔耶の父親、白露(はくろ)の姿を見付け
笑顔を浮かべながら近付いて来る。

「おぉ、乾月ちゃんか!」
「久しぶりだな、白露ちゃん」
「朔耶か? 生憎、今は寿星と出掛けちまってるよ」
「いや、今日は別件だ」
「ん?」
「十六夜は居るか?」
「十六夜? あぁ、居るよ。多分部屋だと思うがな。
 呼んで来ようかい?」
「その必要は無いよ。
 恐らく彼ならもう私の気配を察知してる筈だ。
 自分から姿を現すさ」
「そう云うもんか?」
「そうさ。ほら」
「っ?!」

いつの間にか、白露の真後ろには十六夜が涼しい顔をして立っていた。

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SITE UP・2013.09.18 ©森本 樹



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