雨はいよいよ本降りと化し、雨音は激しさを増していた。
「十六夜は…まだ外の様だな」
「……」
「……」
「彼を許せないか? 寿星」
「…俺は」
「別に彼は許しを請う奴でも無いがな。
誰に恨まれても、妬まれても彼は自分を捨てない男だ。
それは私が一番よく知っている」
乾月はゆっくりと立ち上がり、窓から外を見つめた。
「今日の雨は冷たいかな…。そろそろ冬も近付いて来ている」
「師匠…」
「病み上がりの体には、堪えるかな…」
「……」
乾月には解っていた。
きっと十六夜は、まだあの場所に居る筈だ。
ヤスが事切れた場所に。
この激しい雨に打たれながら一人立ち尽くしているに違いない。
「朔耶、寿星。十六夜が、怖くなったか?」
「「え?」」
「人ならざる者。それが十六夜と云う存在だ。
言ってみれば、人の形をした【化物】だな。
今回の件で、それが解っただろう?」
「……」
「……」
「だから十六夜は人と触れたがらない。
自分が何者であるか、解っているからな。
人と接する事無く、生きていくしかない。
彼は今も、そう思っている。
だからこそ十数年前、私の前からも姿を消した。
私の迷惑にならないようにと…な」
「……」
「私は後悔している。
何故あの時、十六夜の手を掴んでやれなかったか。
何故、失踪を見逃してしまったのか…とね」
「師匠……」
「朔耶。お前には言っておいたな。
『十六夜と共に【生きる】のであれば、
それ相応の覚悟だけは持っておけ』と」
「…はい」
「覚悟が持てないのであれば、それでも良い。
このまま無かった事にすれば良いだけだ。
その方が、互いの傷も少なくて済む」
「それは…このまま、別れろ…と?」
「そう云う事だ。十六夜と云う存在を忘れてしまえば良い」
「……」
寿星が心配そうに朔耶を見ている。
朔耶自身は十六夜の事を【怖い】とは思わなかったが
逆に寿星はどう思っているのだろうか。
朔耶は十六夜の事を忘れられそうにも無かった。
あの悲しげな表情の意味が、漸く見えて来たのだ。
『こう云う事だったんだな…。
こうなると解っていて、十六夜の奴…』
激しい雨音は収まりそうに無い。
朔耶にはこの雨が十六夜の涙に思えて仕方が無かった。
「寿星」
「はい、兄ぃ」
「俺、今から十六夜を迎えに行く」
「…はい。兄ぃならそう言うと思ってました」
「寿星…」
「俺、まだ気持ちが落ち着かないから…。
彼奴に会ったら、又酷い事言いそうだから…
暫く、師匠の処に厄介になっても良いッスか?」
「それは構わんよ」
「じゃあ師匠、宜しくお願いしますね。
兄ぃ、十六夜の事…頼みます」
「ありがとう…寿星、師匠」 |