Seltsame Person

南極大陸で生活するに於いて
最も大切なのは『食べる事』である。
谷先生曰く、エネルギーの消費が
日本で生活する際のそれとは大きく異なり、
とにかく食わなければ
体が保たないと云う事なのだ。

それにも関わらず
滞在初日から必要な食材や燃料が
海に流されてしまい、
正直途方に暮れるしかなかった。

星野さんの閃きから釣りを始めたが
いつも魚が取れる訳ではないと思うと
内心不安ではある。

こう云う事態だって想定していた筈なのに
いざ目の前に現実を突き付けられると
やはり動揺してしまうものだ。
自然を前にして、人間は余りにも弱い。

俺がこんな状態であるのに相反して
あの人は実に元気なものだ。
基地内で姿が見えないと思いきや、
大概そう云う時は犬達の所に居る。
宗谷内で口にしていた
『犬達と楽しく暮らせそうだ』と云う言葉は
成程、本心だったのかも知れない。
そんなに犬が好きと言う訳でも無さそうだが
元々からして情が深い人だけに、
放って置けなくなったのだろうか。

「内海さん」

いつもの様に声を掛ける。
犬達の輪に入り込み、身動きしない姿。
こんな寒い所で、まさか寝てるんじゃないだろうな?
こんな寒空の中、転寝でもしようものなら
そのまま昇天間違い無しだと云うのに。

「内海さん」
「居るよ」
「解ってますって。そんな事」
「何か用か?」
「用が無きゃ近付いちゃいけないんですか?」
「そう云う意味で言った訳じゃ…」

見れば眉毛や髭の先が微かに白い。
それなりに外で作業すれば体毛は凍る。
冷気で咽喉もやられてしまう。
極寒世界とはそう云うものだ。
解っている筈なのに、この人は。

「どうしたんですか? 今日は」
「ん?」
「犬達に何か用でも?
 こんなに暗くなっちゃ、写真も撮れないでしょうに」
「こいつ等が温かいから埋もれてた」
「……」

確かに樺太犬は寒さに強い様、
それなりの体毛も備わっている。
だが人間が着用する防寒具が
それに劣っているとも思えない。

こう云う変な事を言い出すのが
この人の癖なのか。
それとも無意識でこんな発言をしているのか。
氷室が心成しか苦手意識を抱くのも
何だか解る様な気がしてきた。

「で」
「え?」
「何の用?」
「晩飯の時間なんですけど。
 内海さん、飯…要らないんですか?」
「そう云う事はもっと早く言えっ!!」

叫びながら足早に基地内へ駆けていく後姿を
盛大な溜息と共に見送りながら
俺は心の中で
「子供か?」
と呟いていた。

web拍手 by FC2   【2】へ



SITE UP・2012.3.2 ©Space Matrix

目次へ