「あの、もし…」
背後から不意に声を掛けられ、朔耶は驚いて振り返った。
其処に立っていたのは長身の美丈夫。
山には不釣り合いな黒の礼服姿だった。
不思議な事に背後に立たれ、声を掛けられる迄
朔耶はこの男の存在を全く感知出来なかった。
「少々道をお尋ねしたいのですが…」
「道?」
こんな山に入り込んで道を尋ねるとは。
朔耶は少し警戒しながら話を聞いてみる事にした。
「はい、迷い込んでしまいまして…」
「で、何処に行きたいんだ?」
「蓮杖神社へと…」
「此処から蓮杖神社に?
随分変な迷い方したんだな」
【蓮杖神社】と聞いて、朔耶は警戒を解く事にした。
この格好も神社に赴く為なのかも知れない。
それにしても街の北に位置する蓮杖神社に向かってる筈が
街の西に位置する
この【火産山(ほむすびやま)】に辿り着いてしまうとは
この男、余程の方向音痴に違いない。
「此処から遠いでしょうか?」
「まぁ、少し遠いかも知れないな」
「そうですか…」
「蓮杖神社なら俺が案内出来るよ」
「本当ですか?」
「あぁ。俺の家だし、あそこ」
「有難う御座います。助かりました」
「今、連れと一緒に来てるんだ。
呼んで来るから此処で待ってて」
「はい、解りました」
荷物を背負い、慣れた足取りで山道を登って行く朔耶。
道を尋ねた男はニコニコしながらその後ろ姿を見送っていた。
だがその両眼は刃物の様に鋭く怪しい光を放っていた。
* * * * * *
朔耶は宣言通り、十六夜を迎えに行き
彼に事情を説明しながら山道を降りていた。
「多分親父の関係かなんかだと思うんだよな。
お袋は今、家を出ちまってるし。
あの人は自分から相手先に訪問するから」
「…成程のぅ」
「確かこの辺に…あ、居た」
「…っ?!」
男の姿を確認した瞬間、
明らかに十六夜は異常な反応をした。
顔面蒼白でガタガタと震え出している。
冷静沈着な彼らしくない、明らかな恐怖の訴え。
「どうした、十六夜? お前、彼奴を知ってるのか?」
「あぁ、そんな所に居たんだね。
ずっと捜していたんだよ【九条】」
「九条? 此奴は【十六夜】って…」
男は十六夜を【九条】と呼んだ。随分と親しげに。
だが相反して十六夜は
未だに震え、脅えたままである。
「…お前、何者だ?」
十六夜を庇う様にして彼の前に立ち、
朔耶は男を睨み付けた。
事と次第では【村雨】を召喚するつもりも有った。
明らかな敵対心を感じ取ったのだろう。
男は友好的な表情を消し、
残忍な一面を覗かせながら口を開いた。
「余は【六条親王】である。
この都の主にして、この世界の絶対者也」 |