「迷うな、朔耶。これは正に【念】の勝負。迷いは心に隙を生む。
念が定まらぬままでは術を行使出来ず到底勝負にはならぬぞ」
「十六夜…」
「退魔師の戦いとは正に【念】にある。
集中し、気を練り、念を集める事こそ全ての戦術成果に繋がる」
十六夜は静かにそう呟くと左の腰の辺りに両手を添える。
【虎徹】の召還である。
『十六夜は彼奴を浄霊する。
どんな事が遭ってもその魂を救う気だ。
ならば俺に出来る事は…
俺の『祓う』力が発揮出来る場所は…
俺の、役目は……』
朔耶も又、自身の右手に意識を集中させる。
鼓動の高まりと共に発生する光と熱。
十六夜の時とは違う、青白い炎が彼の手を包み
やがて刀へと形成されていく。
「やるぜ、【村雨】!
俺達の役目はこれ以上彼奴に力を蓄えさせない様
霊道を断って浮遊霊を『祓う』事だ!」
『おうよ!!』
派手な登場だけでは無い。
朔耶を中心として同心円状に広がる衝撃波が
そのまま浮遊する悪霊達を直撃し、消し去ってしまった。
「っと、流石に凄ぇな…。
一薙ぎでこれだけの威力とは。
除霊の力が桁違いになってる」
『見直したか、俺様の力を』
「あぁ…素直に認めるわ」
『お前のそう云う素直な所、俺も結構気に入ってる』
「ははは…」
これが【妖刀】の力と云う物なのだろう。
頼もしい【村雨】の存在に朔耶は思わず笑みを漏らした。
「後は…十六夜次第だな。
頼んだぜ、十六夜……」
* * * * * *
低い唸り声が発される度に濃くなっていく黒い霧。
牽制のつもりなのだろうか。
「私を感じ取れるか?」
十六夜は怯む事無く、優しく声を掛けながら
一歩、又一歩と距離を詰めていく。
『ガルルゥーーーーー』
「人が憎いか。…憎かろうな」
『グルゥーーー』
「ならば何とする? いっそ殺すか?」
『ガゥゥ……』
「お主の心に秘められた念を
全て私にぶつけてみるが良い」
十六夜の口調や態度は少しも変化が無い。
優しく、あくまでも穏やかに。
「受け止めよう、お主の無念を。
そして晴らしてみせよう、お主の未練を」
『ガルゥーーーーーーッ!!!』
「十六夜っ?!」
仔犬の霊は憎しみを隠す事無く
恐ろしい形相のまま十六夜に襲い掛かった。
「お主と現世とを繋ぐ鎖。今、此処に断ち斬ろう」
彼の右手には愛刀【虎徹】が握られている。
優しく、それでいて哀しげに紫色に輝く【妖刀】。
「はっ!!」
仔犬の一撃を寸で交わしながら
十六夜は地面の或る一点に【虎徹】を突き立てた。 |