「アタシが小学校に上がる前の頃だったね。
祖父に呼ばれて、この箱の前に座らされた。
何の事か解らないけど、好奇心が上回ったのか
アタシは祖父の指示を待たずに箱に触れた」
「それで箱が解錠したのか…」
「その場に居た大人が皆驚いたからね。
流石にアタシも焦ったよ。
だけどさ、その時に
詳しく事情を説明してくれる人が居たんだ」
「それが、十六夜だったのか…」
「あぁ。彼には『見えていた』そうだから」
会ったのはそれっきりだったが、
彼の言葉の重みは充分に感じられたからこそ
弓はずっと彼との約束を守り続けてきた。
『私と会った事は忘れて欲しい』
今思えば、十六夜が初恋の人だったのかも知れない。
もう二度と会う事は有るまいと、
この記憶を心の奥底に封じてきた。
そして再会した今でも、この約束を守り続けてきた。
他ならぬ、十六夜の為に。
「人生ってのは奇妙の連続だね…」
「弓ちゃん……」
「六条と戦う上で、情報は武器にも防具にもなる。
先ずは乾月ちゃん達に、これを読破して欲しい」
「朔耶は後回しで良いのかい?」
「朔なら自力で何とかするだろうさ。
アタシの見た未来が【真実】だと云うのなら…
朔は必ず自分自身の力で答えを見付け出す」
「流石は朔耶の母親…って所か」
乾月はそう言って微笑んだ。
弓も又、笑顔で返した。
* * * * * *
弓の帰国は乾月から白露経由で知らされた。
事情を呑み込めない十六夜に説明する時間も無く
朔耶はバタバタと家を片付け始める。
「掃除も真面にしてなかったのがバレバレだからな」
「厳しい人なんですか? お母さん」
「結構こう云う面では厳しい。親父よりもな」
「そうなんだ…」
「あ、それ運べる? 向こうの部屋に」
「運んでおきます。押し入れには?」
「其処迄は良いよ。取り敢えず集めるのが先」
「解りました」
せっせと布団を運んでいく十六夜の後姿を
朔耶は微笑ましく見守っている。
すると。
ピンポーン
「ヤバい、帰って来た!」
自分の持ち場はそのままに
朔耶は慌てて玄関へと向かった。
* * * * * *
「成程…やはりそう云う事だったか」
巻物の内容を確認しながら鳴神が唸る。
どうやら幾つか立てていた仮説が
正解だったらしい。
「ならば…俺達自身が倒れる訳にはいかない。
少なくとも【妖刀】の契約者は…」
「【妖刀】と契約する事で我々は
【四神結界】の要そのものになっていた訳か。
十六夜が【妖刀遣い】になる事に
嫌悪感を示していたのも…そう云う事だったんだな。
【妖刀】を持つ事で結界の維持に絡む事になる。
そうなれば自ずと六条の標的にされる」
「とんでもねぇ課題を遺して行ってくれたぜ。
しかしこれ程遣り甲斐のある課題も無い。
なぁ、師匠?」
鳴神の皮肉に対し、乾月は実に嬉しそうに頷いた。 |