朝露は処置を終えると、必要な薬を朔耶に託し
そのまま家を後にした。
特に何を聞かれた訳でもない。
死んだ男と瓜二つ。
その事に対し、医師である彼が何を感じ取ったのか。
無言で立ち去る叔父の背中を見送りながら
朔耶は思いを馳せていた。
「朔耶、私もそろそろお暇するよ」
「師匠…」
「彼が目を覚ます迄、
まだ少し時間が掛かりそうだからね。
目覚めて、落ち着いてからでも
御目通りは遅くないだろう?」
「…そうですね」
「頃合いを見計らって連絡くれれば
その時に又、参上するとしよう」
「ありがとう御座います、師匠」
「……」
「師匠?」
「『他人のそら似』かも知れないな」
「師匠…」
「独り言だよ。あまり気にしなくていい」
「…はい」
それなりに苦楽を共にしてきた
乾月だからこその独り言。
朔耶にはそのように受け取れた。
『十六夜は死んだ』という現実が
重くのし掛かってくる瞬間でもあった。
* * * * * *
余程疲れ切っていたのだろう。
男は2日経っても眠り続けていた。
点滴が効いているのか、
少しずつ顔色が良くなって来ていた。
穏やかな寝顔は、やはり誰かを髣髴とさせる。
「瓜二つ…。確かにそうかも知れない。
でも何処かで期待してしまってるんだろうな」
朔耶はそう呟くと「なぁ」と相槌を求めた。
勿論、3体の使い魔達にである。
「人ってのは弱い生き物でさ。
ここ一番って時に悩んだり
迷ったりしちまうもんなんだよな。
解ってる筈なのに同じ事を繰り返す。
…でもな」
朔耶はフッと笑みを零した。
「それが又、人間の【可能性】に
繋がっていくような気がするんだ」
それ程【人間】を信じている訳では無かった。
少なくとも昔は何処かで
人間である事に嫌悪感すらあった。
『信じてみても良いか』と思う様になった切っ掛け。
それを思い出し、朔耶は無言で数回頷いてみせた。
『主?』
「何でもないよ、リョウマ。一寸昔を思い出したんだ」
『昔ノ事?』
『何百年前の事だ、主?』
「ハヤト…。人間は何百年も生きられねぇって」
苦笑いを浮かべながら、
朔耶はリョウマとハヤトの頭を優しく撫でてやる。
「此奴が目を覚ましたら俺に教えてくれよな。
きっと腹も減ってるだろうし。
傷の治り具合をちゃんと見て叔父貴に報告しないと」
『勿論ダ!』
『目覚める時が楽しみだな、主』
「そうだな。楽しみだ」
この男が目覚めるのは今日か、それとも明日か。
近付いて来るその時を、朔耶は心待ちにしていた。 |