自分の衣装を貸し与え、
もう一度マンションへと向かう。
頭上の月が薄らと輝いていた。
「そう言えばさ」
「?」
「お前、名前は?
俺は朔耶。蓮杖 朔耶(れんじょう さくや)」
「……」
男は何も言わず、月を見つめる。
今宵の月は満月よりも多少は欠けていた。
「月が、気になるのか?」
「……」
「今日は…満月、じゃないな」
「…十六夜」
「ん?」
「今宵は【十六夜の月】。
満月を一つ過ぎた月となる」
「へぇ〜、詳しいな」
「……」
男は一瞬だけ表情を曇らせた。
それが何を意味するのか、
やはり朔耶には窺い知る事は出来なかった。
「我が名を問うか」
「あ…あぁ。
やはり名前を知らねぇと何かと不便だからな」
「ならば…【十六夜(いざよい)】と呼ぶが良い」
「十六夜…で、良いのか?」
「うむ。今宵の月に因んで」
「洒落てるな」
「……」
「じゃあ、遠慮なくそう呼ばせてもらうぜ。十六夜」
「承知した。…朔耶」
初めて名前を呼ばれた。
それは即ち、十六夜が自分の存在を認めた事。
今風の格好に身を包んでも
やはり十六夜の体から重みを殆ど感じない。
微かに感じる体の温かさが
彼を【此の世ならざる者】ではないと証明してはいるが
霧か霞の様に消え去りそうな程の感触だ。
十六夜が少し顔を顰める。
流石に傷の痛みが堪えるのだろう。
一刻も早く診てもらわなければ。
そう思うと、朔耶の四肢に一層力が籠もる。
「痛むんだろ?」
「…大事無い」
「無理すんな。
医者を前にしてその態度じゃ
治るものも治らなくなるぜ」
「…成程」
「素直になれば良いさ。自分に必要な時位はな」
「ふっ…」
反論をしてこないと云う事は
今は朔耶の言いなりになる、と解釈しても良いのだろう。
不思議と、微かにだが彼の両腕に
十六夜の重みが甦ったかの様に感じた。
* * * * * *
再度の訪問を予期していたのだろう。
朝露は何も言わず、今度は部屋に招き入れてくれた。
治療準備も整っている。
「頼むぜ、叔父貴。
アンタの腕を見込んで頼んでるんだ」
「しくじるかいな、この程度で。
それよりも朔耶…」
「ん?」
朝露は親指と人指し指で器用に丸を作る。
どうやら報酬の意味らしい。
「解ってるって、払うよ」
「500」
「…マジで?」
「鐚一文、負かりまへんで」
「少しは勉強してくれない?
今月、俺ピンチでさぁ…」
「500。1円も負けられまへんなぁ〜」
「くっそー、足元見やがって…」
「まいど」
金額の遣り取りで守銭奴の朝露に勝った例は無い。
朔耶は渋々、治療費の500万円を払う条件を呑んだ。 |